プロデユーサーの横顔


 

🔷運営・指導履歴

 

陸上競技多摩川クラブ員、元多摩川クラブ練習会代表。

練習計画立案、技術指導。

冬季に毎週行う、30kmオープン練習会を立ち上げ8年間運営。

ランニングマイスター中級。

川崎国際EKIDENプロデューサー。

🔷ランナー歴

 

中学時代、短距離、中距離。

 

北海道中学選手権 800m  3位 →

北海道記録年間ランク1500m 1位

800m 1500m 札幌中学新記録 

 

高校時代、距離

 

北海道高校選手権個人2位   北海道高校選手権団体2位、

北海道国体予選1位 

 3000m 札幌高校記録。

インターハイ2度出場(長野、岡山)。

 両大会、参加5種目すべて見事に予選落ち。(物見遊山だった)

 

 筑波大陸上部へ。ずっと2軍。

 

1年は中距離ブロック。

2年から5000m以上にも取り組む。

(それでもインカレは代表参加)→ 前4

 

3年の夏合宿で膝を痛め、超重症。

 入院までして、手術、メスまで入れたがダメ。

 卒業まで完治することなく競技活動は終了。

 

大学での活動は実質2 年で終わり「時間的に記録はまだまだ伸ばせる」と思っていたので

失意は深く「多分もう、一生走らない」と思った。

 

大学時代ベスト記録

 800m              1599      (サブ2達成)

 1000m            237秒      (サブ3達成)

 1500m           4018      (サブ4ならず)

 5000m         15122秒 (サブ15ならず)

 10000m   3142秒     (サブ30ならず)

 10マイル   5156

 20km           1時間0519

    30km           1時間4206

 

社会人

 

週末は身体を動かしたいので、もっぱら登山かゴルフに取り組んだが

ゴルフはロングパットの距離感があまりに悪く、諦めて終了。

(ベスト90

登山は、沢登り、冬山、クライミングと、バリエーションにも取り組んだが

命がけの山行に疲れ、気楽に登りたいと、尾根歩きに引退。日本百名山を目指すことにした。(現在81座)

  🔷市民ランナー歴

 

2005年秋 46

登山道を走るトレイルレースの存在を知り、参加してみたいと、公園でトボトボ、ランニングを再開。

初市民レースは、雨の「日本山岳耐久レースいわゆるハセツネ。(72kmトレイル)

体力的なものより、闇夜のスリップ滑落の恐怖から42kmで中止。

 

2006年秋 47

山が好きなので、1年間、トレイルレースしか参加していなかった。

ロードもトラックもこの時は、やる気ゼロ。

しかし、ブームとなってきた「フルマラソンというものを一度完走してみよう」と、

多摩川フルマラソンに初参加。

3時間3643秒。

完走で十分と思っていたが、なぜか「生涯記録」とするのに不満を感じて、マラソン取り組み続行。

 

2007年春 47

1回湘南マラソンで3時間15分。

根拠なく、この記録なら自分で「生涯記録」として許せる気がし、満足。

マラソン取り組み一旦終了。

ところがなぜか、第2回東京マラソンに応募して当たってしまう。

「マラソンはやめると思っていたが東京は走りたい、どうせならサブスリーというものを東京で達成して

   マラソンをやめよう、そして登山とトレイルに集中しよう」。

 

2008年春 48

いきなり月間400km超えを2ヶ月連続こなして、膝に重度のケガ。

学生時代を思い出して愕然としたが、なんとか当日スタートでき、35kmで痛みで

うずくまったが、復活。

グロス2時間5723秒で、初サブスリー達成。

 

以降

これでマラソンを止めるはずが、途中でトイレに行ってしまって出たタイムなので

「自分のマラソン限界記録はまだ先にある」と続行。

 

多摩川クラブに入会。

結局、マラソンはやめられず、現在に至る。

 

2019年春 59

3月の古河はなももマラソン(2時間5752秒)で、2008年の東京での初サブから

40レース連続サブスリーに至ってしまう。

(その間のフルマラソンベストは、別大での2時間4308秒)

 

学生まではトラック好きだったので、逆に未知のトレイルレースや、超ロングレースにもっぱらチャレンジした。

 

富士登山競走 3時間36分

サロマ100kmウルトラマラソン(8時間34分)

信越五岳100kmトレイル14時間

24時間走(181km)などにもチャレンジしてきて、個人的に「も〜、十分!」。

(再開後の5000mベスト 1705秒、、)

 

いつまでも自分個人の満足を追求しているより、ぜひ多くのランナーに喜んでもらえるレースを実現したいと、

「川崎国際EKIDEN」をプロデュース、運営。

 

そして、今年、「ラッキーセブンディスタンス陸上競技大会」立ちあげた。

 

「アイディアは以前からあったけど、変わった、ふざけたような距離にランナーが集まるか?」と躊躇していたが、今年は77日が日曜日。

「今年、実行してみないと後悔する」と、実際どのくらい選手が集まるか、まったく目算はない。

 

「まず、走るだけで幸運になるはずです(笑)。誰にでも走れる距離であり、アスリートはもちろん、

 市民ランナーでも年齢別、地域別に新しいランキングで記録探求者を目ざせます。複合種目もあり意外に奥深く、

 絶対に面白いはずです。多くのランナーに新しい目標と夢を持ってもらえれば、、。」

 (本人談)

 

 実行委員編集